1回
2019/05 訪問
やさしさと愛情、慈しみと慈悲にあふれた本当の食事小屋
ゴールデンウィークの後半を利用し、名古屋から犬山城、郡上八幡、高山方面への旅路。
今回の旅の主目的は、ここ木挽小屋に来ること言ってもいい。
一度この店の話を聞いてしまったら、食を求める旅人としては、もう居ても立ってもいられなくなってしまったのだ。
お店で扱うメニューは五平餅オンリー。
そう「五平餅」である。
それはおそらく都内でもいただけるごく一般的な米料理。
その多くは搗いた米飯に味噌をつけて焼き上げた、小判型のものというイメージだろう。
ところがだ。
木挽小屋のそれは、他と明らかに異なる。
まずその大きさ。
通常の五平餅は小判型だが、ここは円形でしかも分厚い。
囲炉裏でじっくりと焼き上げるスタイルも情緒があるし、逆にこの方法でないとうまく仕上がらないのかもしれない。
一日に作れる数量にも限度がり、なおかつ営業日も必ずしも安定的とはいいがたい状況なのだ。
ますます好奇心に火がついてしまうではないか。
この店に向かうため、計画を立ててみることにする。
場所は「岐阜県高山市」といっても、あの飛騨高山の観光地とは程遠い「岐阜県 高山市 清見町楢谷 1029」という場所。
地図で見てもらうとわかるが、周囲には何もない。
開店は9時だが、東京から出かけていては到底間に合うはずがないので、名古屋から高山の手前、郡上八幡で宿をとり、そこを早朝に出てお店に到着するという戦略で行くことにした。
時はゴールデンウィーク。
同じようにここの大五平餅に狙を定め、ライバルたちも動き出すだろう。
この店を紹介してくれた同伴者は、実に30年ぶりの訪問だというではないか。
となると店主もかなり高齢である。
一応当日の7時くらいにお店に電話を入れてみたら、今日は営業をする予定だが、すでに6時から到着しているお客がいるという・・・。
な、なに!?
恐るべし。
というわけで、予定よりもさらに早く宿を出立し、慌てて車を走らせた。
郡上八幡から車で50分くらいかかるので、このまま順調にいけば8時半少し前くらいには到着できるだろう。
道の右側に掘っ立て小屋のような木の家が現れた。
ここがどうやら木挽小屋のようだ。
駐車場は広いのだが、おそらくここは空き地だと思われる。
車はすでに5台程度停車していて、すぐに店の方へ向かった。
まぁとりあえず間に合ったのだと安堵しつつ、建物や周囲をカメラで撮影してたら、店先のテーブルに何やら白い紙のようなものが置いてあった。
ぎょえ?!
これ、必要本数を記述するシートじゃないか。
危ねぇぇぇ・・・。
限定30本なのに、写真を撮っていて食べられなかったなんて悲劇はごめんだ。
急いで名前を書き、ぎりぎり28本目で予約を入れられた。
背中から汗が出そうになったわい。
引き戸をあけると、中は大きな囲炉裏があり、そこではすでに大五平餅が焼かれていた。
気さくで陽気なおばあちゃんが、一人で黙々と働いていた。
1本400円。
1日限定30本。
店の売り上げは単純計算で12000円である。
もはや商売としてではなく、この五平餅を食べたいというお客のために、このおばあちゃんは今日も働いてくれているのだ。
調味料は愛情、儲けを気にせず、客の健康と笑顔を求める飲食店を探すと決めて食旅を始めた。
これまで全国を旅してまわったが、背に腹は代えられない事情でどうしても経営を考えれば利益や原価率を計算してしまうのが飲食店というもの。
だが、これまでに沖縄宮古島のきょうわさん、群馬榛名のおみたまんじゅうなど、採算度外視で料理を提供していると思われる仙人のような人たちが居たのも事実だ、だが、もういづれの店も閉店してしまっている。
この木挽小屋は、もともとおばあちゃんと夫婦で営んでいたらしい。
大きな五平餅を支えるヘラのような木材も、おじいちゃんが削り出し、そこに機械を使わずに練りこんだ餅を刺して囲炉裏で焼く。
しかし、今は87歳のおばあちゃんが一人で切り盛りしているのだ。
ゴマをすり鉢で煎る作業、味噌を作る作業、そして米を捏ねる作業。
体力などを考えれば30本がおそらくは限界なのだろうなと思う。
8時45分頃になると、次々に駐車場へ車が到着してきた。
おそらくここの味を求めてきた人たちなのだろうが、店先にはすでに営業終了の看板が立てかけられている。
ものすごく残念無念。
かわいそうだが、もう今日の営業は終了だと聞くと、肩を落として帰っていった。
9時になり、シートに書いた名前を読み上げられる。
ギリギリ間に合った我々は最後の方に呼び出され、味噌と荏胡麻の五平餅を受け取った。
お茶と香の物を頂きながら、かじりついた。
はぁ。。。。
ため息しか出ない。
美味い。
旨いのだ。
なんと滋味深く、偽りのない味なのだろうか。
決して奇を衒ったものではないのだが、おばあちゃんの愛情と、この小屋のぬくもりが、私たちを心地よくさせてくれている。
この店は決してミシュランに掲載されることもないだろうし、一流のグルメ評論家が来て評価することもない。
ましてやテレビ局などが取材にすることもないだろうが、私が求めていた素朴で愛ある店というのは、まさにこの木挽小屋なのだ。
五平餅を食べ終わると、客人がおばあちゃんにねぎらいの言葉をかけ、一人づつ帰ってゆく。
「元気でね、また来年も来るよ」
「いつまでもがんばって、また来るからね」
この空間にいるすべてのお客たちが、皆この店とおばあちゃんを愛しているのが伝わる。
私が見つけた地上の竜宮城。
五平餅が好きとか嫌いとか、そういうのはあるかもしれないが、もしいろいろなものを食べつくしているのなら、この店にもぜひ足を運んでみてほしいと思う。
とても大切な何かを思い出させてくれる何かがここにはあるような気がする。
2022/02/22 更新
以前は旦那様と二人で営んでいたそうですが、今はおかみさんおひとりでやられております
営業日は不定期なので、必ず電話で確認してみるのもよいでしょう。
営業前に売り切れてしまうので、必ず早朝開店前に訪問し、名前を書くのをわすれずに
2022/02/22 更新