「味の好みは人それぞれ」という言葉を私は嫌っている。
無論、好みや相性が十人十色であることは言うまでもない。だからこそ、そのような言葉を客があえて口にする場面には、字義通りの意味の裏に、何かを誤魔化そうという意図がしばしば隠れている。
誤魔化そうとする何かとは、例えば好み以前に厳然と存在する質の高低差であったり、それを理解できない自分であったり、そして、金銭では得られない店との深い関係、その無縁を嘆き、また否認する無自覚な心理であったりする。
つまるところ、食との出会いは人と人との縁あってのものなのだ、と、強く実感することが多くなった。
料理を作るのも、店を営業するのも人なのであるから、それは、あまりにも当然のことである。
仮に一見の客として同じ店を訪問し、同じ金額を支払ったとしても、(個人的な好み云々以前に)訪問者の性質次第で、供される料理の質や内容も、サービスも、総合的な満足感も、全く別物となり得る、とはレビュアーが銘記すべき心構えであると考える。
無論、店により料理やサービスに基本的な優劣はある。また、客の性質に左右されず、常に最高の仕事をする姿勢は料理人としてのプロ意識と呼ぶべきものであるし、味や内容がブレない、客あしらいが上手いといったことが、店の美点の一つとして認められることに異論はない。
しかし、それでもなお、食との出会いの根底にあるのは、人と人との縁である、と言いたい。
一見客としての初訪問時においてすら、良い料理やサービスに恵まれ、高い満足感が得られるか否かは、時として、作り手との間に良い関係を築くことのできる訪問者の性質にかかっている。
まして、紹介による訪問や、数を重ねた訪問であれば、縁の有無による差は俄然大きくなる。
つまり、同一で不動の店があり、それを好みの傾向・経験の深浅・味覚の鋭さ等が異なる多様なレビュアーが評価する、といった広く想定されている構図自体がそもそもの間違いなのである。
店は不動ではなく、客との縁のあり方次第で発揮するパフォーマンスは大きく変化し得る。
店が、料理人だけが料理を作るのではなく、その料理人にモチベーションを与えるなどの形で、客もまた、その料理作りに参与しているのである。
「あの客が来るのなら」と奮起して、初めて、そしてその一回きりこの世に生まれる料理というものもある。
作り手と食べ手との相互作用的なダイナミズム、人と人との縁から生まれる料理、一期一会の食との出会い、こうした料理観のもとに、この食べログのレビューが書かれ、また読まれることを願ってやまない。
レビューを継続するとは言いながら、様々な身辺の事情から長らく放置してしまった。
今年からは、主に、広く知られることによって、よりパフォーマンスを向上させられる、と思われる店を中心にレビューを記していくつもりである。
2014年1月15日
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なお、私が食べログのレビュアーとなった所期の目的については、2013年8月をもって閉店した召膳 三月についてのレビューを読んでいただければ、ご理解いただけるかと思う。
【自己紹介】
飲酒量、食事量ともにやや多め。
喫煙はせず。
和食中心。
5.0
[0件]
4.5~4.9
[11件]
4.0~4.4
[33件]
3.5~3.9
[10件]
3.0~3.4
[1件]
2.5~2.9
[0件]
2.0~2.4
[0件]
1.5~1.9
[0件]
1.0~1.4
[0件]
~¥999
[9件]
¥1,000~¥1,999
[0件]
¥2,000~¥2,999
[1件]
¥3,000~¥3,999
[0件]
¥4,000~¥4,999
[1件]
¥5,000~¥5,999
[3件]
¥6,000~¥7,999
[3件]
¥8,000~¥9,999
[4件]
¥10,000~¥14,999
[11件]
¥15,000~¥19,999
[8件]
¥20,000~¥29,999
[5件]
¥30,000~¥39,999
[0件]
¥40,000~¥49,999
[1件]
¥50,000~¥59,999
[0件]
¥60,000~¥79,999
[0件]
¥80,000~¥99,999
[0件]
¥100,000~
[0件]
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